療育。

一人でやる!と、宣言したので、

マイペースでやっていける。

と思え、少し落ち着いてきた。

さて

次は何をしよう。

 

 

まず、

福祉課で、すすめられるのが、

療育。

 

療育。

なに...それ...

 

障害に関して無知は、もちろん、

福祉の世界も垣間見たことがない私。

 

『デイサービスや療育園を利用していきましょう。お好きな所を選んで連絡とってください』

 

お好きなところ...?

 

 

あるわけないやろ!どないして決めんねん!

と、思いながら、

 

『例えば、どこがいいとか人気あるとか、教えてもらえないんですか』

と、聞くも、

『それは、言えないんですぅ』

 

 

は?

なんやて?

 

ちょっとイラッとくる私。

 

『じゃあ、どうやって決めたらいいんですか』

 

『それは、お友達とかの情報だったりで、みなさん決めてはります。運動療育のとこは1年待ちくらいの待機があるみたいですよ。』

 

 

お友達...?

 

障害児をもつママ友など、

診断されたばかりのいま、

おるわけないやろ!

 

と、完全にきれてしまった、が、

冷静を装う。

 

福祉のあらまし。

とゆう冊子には、デイサービスの事業所が、

数ページにわたり、載ってある。

 

何を基準に、

選択したらいいんや。

途方に暮れました。

 

区役所の人て、

親切なんかなんなんか、ようわからん。

と思いながら帰宅し、

冊子を眺め、

とりあえず

家から通える範囲で選び連絡した。

 

まず連絡したのは、療育園と呼ばれる

保育園と同じような施設。

そして、見学。

 

初めての障害児施設。

カルチャーショックだったのは、

今もよく覚えている。

まず、

門扉。

子供が手の届かないとこにかぎがあった。

そして、至る所のドアにも、同じように

高い位置にかぎ。

建物は古く、園長室の壁は穴が開き

茶色のガムテープが大胆に貼られていた。

 

なんか...なんてゆうか...

失礼を承知で思う。

『ここ、むり。』

 

でも、

園長先生は、素晴らしかった。

この先生なら。

と思えるような人だった。

先生方も、かなり好印象だった。

にも関わらず、

通所を希望せず、週に1回の親子教室だけ

申し込んだ。

 

なぜか。

 

それは、

たぶん、

今思うと、

『まだ障害を受け止めてなかった』から。

かなとおもう。

 

できれば普通の幼稚園に。保育園に。

とゆう気持ちが

強くあったからだ。

 

でもそれも、

今だから思う。

『ただのエゴ』だった。気がする。

 

ここで、

通所していたら、

今より成長していたかもしれないなぁ。

て、

思う。

 

すべては、

私の決断で決まる。

自分が、決めたことで、ととくんの成長が

変わる。

本当に重い重い責任感。

でも、

障害にも、療育にも、無知で、

情報もない。

決断力に欠けるわたしには、

かなりのプレッシャー。

でも、

決めないと。進まないと。

 

ととくんの未来は、

私の判断力にかかっている。

 

優柔不断で、プレッシャーに弱い私が、

強いお母ちゃんになるはじまりでした。